黄華堂☆星空ブログ

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その時”光”の歴史が動いた Vol.08
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    1915年にアインシュタインが一般相対性理論を発見したことを始め、光の科学史において様々な発見・発明の記念年ということから、2015年を光と光技術の国際年「国際光年」とすることが国際連合総会で宣言されました。そこで特集として、光が科学においてどう考えられてきたかをその主要な発見・発明とともに振り返ります。

    「世界初!LED可視光通信」

    * * * * *

    今までの連載記事では、文字通り光の歴史についてご紹介してきましたが、今回はこれから飛躍が期待される、超小型衛星の可視光通信についてご紹介します。

    信州大学と信州衛星研究会が連携して開発した信州初の超小型衛星「可視光通信実験衛星ShindaiSat(愛称:ぎんれい)」は平成26(2014)年2月28日にNASA主衛星の相乗り副衛星の一つとして種子島宇宙センターからH-2Aロケット23号機で打ち上げられました。11月24日に大気圏に再突入するまでの約9ヶ月間、数十回にわたる発光ダイオード(LED)点灯実験を行いました。

    気象条件の関係で地上とのデータ通信の実証には至りませんでしたが、北海道・宮城県・富山県・岡山県と全国各地で撮影され多くの成果をあげました。図1は、5月28日午前1時50分に岡山県で撮影されたこうま座の中を移動するぎんれいの様子です。モールス信号で「GINREI」の“INRE”と発光したことが写真で確認できます。



    図1 2014年5月28日 午前1時50分撮影


    みなさんは人工衛星をご覧になったことはありますか?
    人工衛星の多くは自ら光っているわけではなく、太陽の光が人工衛星に反射して見えています。当然、昼間も日本の上空を通過していますが、空が明るすぎて見えません。逆に深夜は太陽光が人工衛星に当たっていないので見えません。そのため、人工衛星を確認できるのは夕方と明け方の数時間だけです。しかし、ぎんれいは自らLEDで発光する衛星なので場合によっては深夜でも見ることができます。


    信州大学と信州衛星研究会が連携して衛星を作る最初の動機は、信州に豊富にある森林を宇宙空間から調査・管理することでした。しかし、観測で得られる画像データの容量は膨大なものになります。得られたデータをすばやく地上に伝送するには既存の電波通信ではなく、レーザー光のような線状で収束性に優れた新しい通信方式が必要になります。これまで、人工衛星が地上や他の人工衛星と通信する手段として主に用いられているのは電波です。しかし、最近では携帯電話やテレビ放送など電波の需要が多く電波帯域が混雑しています。また、電波を使うためには免許が必要で、申請に時間がかかることが人工衛星開発に時間がかかる要因の一つになっています。そこで、現状では法規制のない可視光通信に目をつけました。LED可視光通信は、LEDを高速で点滅させていろいろな情報を遠くに送ることができます。ぎんれいは世界で初めてのLED可視光通信を用いた実験挑んだ人工衛星です。


    私たちはさまざまな光を目にします。昼は太陽光が、夜は星からの光が地上に降り注ぎます。暮らしの中では、電灯や太陽光発電などさまざまな形で光を利用しています。また、インターネットや携帯電話にも使われており、私たちは光の恩恵を受けて暮らしています。一方で過剰な光のために、星が見えにくくなったり、農作物に悪影響が出たりという問題もあります。これからも光の中で生活をしていく私たちにとって、光の使い方は十分に考えなければならないでしょう。


    【参考文献】
    超小型衛星「ぎんれい」
    ・斉藤秀樹(2015)信州と科学技術のつながり―ShindaiSatを中心に―,博物館だより,第94号,pp.5-7

    by Saitoh

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    その時”光”の歴史が動いた Vol.07
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      1915年にアインシュタインが一般相対性理論を発見したことを始め、光の科学史において様々な発見・発明の記念年ということから、2015年を光と光技術の国際年「国際光年」とすることが国際連合総会で宣言されました。そこで特集として、光が科学においてどう考えられてきたかをその主要な発見・発明とともに振り返ります。

      「光速不変の原理」

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      例えば、40km/hで進む自動車を、自転車に乗って追いかけるとしましょう。早く追いかければ追いかけるほど、自転車から見た自動車の見かけの速さは小さくなるはずです。自転車の速さが15km/sの場合、自動車の見かけの速さは40-15=25km/hとなります。



      では、自動車ではなく「光」を追いかけたら、光の見かけの速さも小さくなるのでしょうか。光の速さで「光」を追いかけたら、光は止まって見えるのでしょうか。今回はそんな光の謎に挑戦した科学者のお話です。


      さて、“空気”が「音」を伝えるように、19世紀の物理学では“何か”が「光」を伝えていると考えられていました。宇宙空間を満たすその“何か”をエーテルといい、1887年にマイケルソンとモーリーがその検出をしようとする実験を行いました(マイケルソン・モーリーの実験)。地球は、エーテル中を自転しながら太陽の周りを公転しています。



      そこで、地球上で光速を測定すれば、エーテルの見かけの動きに沿った光は速くなり、エーテルに逆らった光は遅くなると考え、その差を必ず検出できる精度で実験を行ったにもかかわらず、実際にはエーテルの検出に至りませんでした。



      エーテルが検出されなかったことを受けて、アインシュタインは1905年に、エーテルの存在を否定し、光は真空中を光源の運動状態によらず一定の速さで伝わる(光速不変の原理)ことなどを示した特殊相対性理論を唱えます。

      光を追いかけた場合を考えてみましょう。
      止まっている人から見た光の道筋は、c(光速)×t(時間)で表されます。一方、光を追いかけている人から見た光の道筋は、(c―v(人の動く速さ))×tと考えたくなりますが、光の速さが一定なので、c×t’(光を追いかけている人の経過時間)と考えました。

      つまりt>t’になるので、不思議な話ですが『動いている人の時間はゆっくりと進む』ことがわかります。



      「光速不変の原理」からはまた、『ある人にとって同時に見えることが、他の人にとっても同時とは限らない(同時の相対性)』ことや『高速でうごくものは縮んで見える(ローレンツ収縮)』などが説明されます。

      「時間の遅れ」が生じるなんて、にわかに信じがたい人もいるでしょう。しかし、この相対論的な効果は実生活でも応用されています。例えば、カーナビが利用しているGPS衛星に搭載された原子時計からの情報は、相対論的な補正を行わないと、位置情報が1日で約11kmもずれてしまうほどの時刻差が生じてしまうのです。今回は説明を簡単にするために、マイケルソン・モーリーの実験や光速不変の原理について非常に単純化しています。また、GPS衛星の相対論的な補正も実際は、特殊相対性理論だけではなく、『重力が空間や時間をゆがめている』ことを示した一般相対性理論の効果も含まれています。詳しくは、参考文献をご覧になると良いでしょう。

      なお、記事を書くにあたり、インターネットの上をいろいろと調べてみたのですが、『相対論は間違っている!』というページがよく検索されてしまいます。相対性理論は一日二日で理解することができる理論ではないでしょう。しかし、インターネットの情報を鵜呑みにせず、時間をかけて理解しようと努力してみるのもいいことじゃないかと思います。

      《参考文献》
      ・『ニュートン』2011年12月号
      ・Wikipedia「特殊相対性理論」「一般相対性理論」「マイケルソン・モーリーの実験」

      by Watanabe

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      その時”光”の歴史が動いた Vol.06
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        1915年にアインシュタインが一般相対性理論を発見したことを始め、光の科学史において様々な発見・発明の記念年ということから、2015年を光と光技術の国際年「国際光年」とすることが国際連合総会で宣言されました。そこで特集として、光が科学においてどう考えられてきたかをその主要な発見・発明とともに振り返ります。

        「光が曲がる!?」

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        光には「直進する」という性質があります。(第1回参照)
        これはもっと正確に言うと「光は“空間の中を”直進する」ということです。私たちは普段「空間」の中で生活しています。光もこの「空間」の中を直進しているので、私たちから見れば光はやっぱり直進しています。


        ところが、アインシュタインの一般相対性理論では「重力によって空間そのものが曲げられる」というのです。つまりその空間を外から見れば、なんと光が曲がって見えるというのです。



        1919年、アフリカのプリンシペ島で皆既日食を観測した英国のアーサー・エディントン(1882年~1944年)は、巨大な重力を持つ天体である太陽の近くに見える星、つまり太陽の周辺を通過する光を放つ星の位置が、本来のその星の位置よりもずれていることを発見しました。そのずれはアインシュタインが予測した1.74秒角(1秒角は1度角の1/3600)に近い1.80秒角で、相対性理論の正しさを裏付ける初めての証拠となりました。


        現在では「重力レンズ効果」と言って、一つの銀河が二つや三つに見える現象も確認されており、アインシュタインの理論を裏付ける証拠はたくさんあります。私たちが普段地球上で生活していて感じることはありませんが、宇宙では巨大な重力によって空間そのものが曲げられ、光も曲がって見えるということが当たり前のように起こっているんですね。

        参考文献
        *「図解 宇宙科学発展史 アリストテレスからホーキングまで」
          本田成親、2003年12月、工学図書

        by Narita

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        その時”光”の歴史が動いた Vol.05
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          1915年にアインシュタインが一般相対性理論を発見したことを始め、光の科学史において様々な発見・発明の記念年ということから、2015年を光と光技術の国際年「国際光年」とすることが国際連合総会で宣言されました。そこで特集として、光が科学においてどう考えられてきたかをその主要な発見・発明とともに振り返ります。

          「光速の測定 その2」

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          第3回「光速の測定」では、現在長さの基準の定義にも使われている「秒速 299792.458 km」と いう光速が、“光の歴史”の中でどのように測定されてきたかを紹介しました。実はこの光速の値には「真空中の」という“ただし書き”が付いていることをご存知でしょうか。今回は「光速の測定 その2」と題して、真空中ではなく物質中での光速の測定と光の屈折について紹介します。


          光の屈折という現象は、空気中から水などのように、屈折率の異なる物質に光が入射する際に光の進む経路が曲がるという現象です。
          水を入れたコップにストローをななめに入れると、ストローが水面を境に折れ曲がって見えるのも、この屈折によるものです[注1]。光に限らず、波で説明できるものにおいて、その入射角と屈折角の関係は一般的に「スネルの法則」として知られる法則に従うことが分かっています。その関係を調べる試みは、月のクレーターにその名が冠されているクレオメデスやイブン・アル=ハイサム、天動説で有名なプトレマイオスなどの著名な天文学者たちによって、既に1世紀頃から行われてきました。


          この光の屈折が起こる原理を説明したのが、
          前回「光は波か?粒子か?」でも登場したホイヘンス でした。

          前述したスネルの法則を、1678 年に発表されたこのホイヘンスの原理に基づいて説明するには、光は屈折率の大きい物質の中ではゆっくり進む波であることが必要になります。空気と水を例にとると、水の屈折率の方が大きいため、水中における光速は空気中よりも遅くなることが予想されます。これを実験によって実際に確認したのは、第3回「光速の測定」で登場したレオン=フーコーでした。1850年にフーコーが行った実験では、水中の光速を測定できたわけではありませんでしたが、水中の光速と空気中の光速の比の値を測定することができました。

          その結果は、ホイヘンスの原理から予測される値とほぼ等しかったのです。光の粒子説では、光速は空気中よりも水中の方が速くなることを予測していたため、この結果は光の波説の決定的な証拠とされました[注2]。

          (続く)

          注釈:
          1.2種類の異なる物質の屈折率が全く同じだった場合には、その境界面では屈折が起こらないため、境界面が分からなくなります。以下のホームページに、それを利用した面白い動画が公開されて いますので、是非一度ご覧ください。『これはすごい! 「見えないガラス」で作られた ピタゴラスイッチ』

          2.その後の光の波説・粒子説の論争に関する展開は、前回記事を参照してください。


          参考文献:
          「真空より低い屈折率を実現した三次元メタマテリアルを開発 − 電子ビームと金属の自己組織化 で大きなサイズ(数mm角)を実現−」



          by MARK

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          その時”光”の歴史が動いた Vol.04
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            1915年にアインシュタインが一般相対性理論を発見したことを始め、光の科学史において様々な発見・発明の記念年ということから、2015年を光と光技術の国際年「国際光年」とすることが国際連合総会で宣言されました。そこで特集として、光が科学においてどう考えられてきたかをその主要な発見・発明とともに振り返ります。

            「光は波か?粒子か?」

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            17世紀、プリズムの実験によって白色光が様々な色の光の重ね合わせであることを発見したニュートン(第2回『その時”光”の歴史が動いた』を参照)は、異なる大きさの光の粒が、異なる振動数の振動を引き起こしてそれぞれの色を生み出すと考えました。光が物に当たるとくっきりとした影を作り出すために、波ではなく粒子であると考えたようです。確かに波であれば、障害物を回り込んで伝わり、影はできないかぼんやりとしてしまいます。


            一方ホイヘンスは、光が交差しても妨げ合うことなく透過することから、光は粒子ではなく波である、と考えていました。空間に充満している未発見の物質「エーテル」を媒質として伝わる波であると主張しましたが、宇宙空間にエーテルがあれば、天体運動に影響があるはず、という批判を受けて、認められませんでした。


            しかしながら、その後19世紀になるとヤングによって光の干渉実験が成功し、マクスウェルによって光が電気と磁気の作用が波となって空間を伝わる「電磁波」の一種であることが明らかにされたことで、「光は波である」という考えが主流になりました。


            しかしこのままでは終わりませんでした。20世紀に入り、アインシュタインによって光量子仮説が提唱されたのです。光の粒のエネルギーは、光の振動数にある定数をかけたもので表される、というものです。アインシュタインはこの仮説によって光電効果という、金属に高い振動数の光を当てると電子が飛び出す現象を説明しました。これにより光の粒子が復活したわけです。

            では一体、光は波なのでしょうか?粒子なのでしょうか?

            アインシュタインは波動性を否定せず、粒子性と波動性が両立しなければならない、と述べています。そして量子力学という新しい物理学が発展していくこととなります。多くの物理学者の研究によって光が探求され、量子力学が生まれたことによって、半導体など現在の生活に欠かすことのできないものの開発へとつながっているのですね。

            参考文献:
            *「NHKアインシュタイン・ロマン3 光と闇の迷宮」
            NHKアインシュタイン・プロジェクト著、1991年6月、日本放送出版協会
            *「光と量子 現代物理学への道」
            桜井邦明著、1998年6月、東京教学社


            by Tazaki

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            その時”光”の歴史が動いた Vol.03
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              1915年にアインシュタインが一般相対性理論を発見したことを始め、光の科学史において様々な発見・発明の記念年ということから、2015年を光と光技術の国際年「国際光年」とすることが国際連合総会で宣言されました。そこで特集として、光が科学においてどう考えられてきたかをその主要な発見・発明とともに振り返ります。


              光の重要な性質のひとつに、
              その速さがとてつもなく速く
              どんな場合でも不変であるというものがあります。
              光の速さ(光速)はおよそ秒速30万kmで、これは1秒間で地球を7周半もする速さです(地球1周は約4万km)。スイッチをいれると明かりがついてすぐに部屋が明るくなる、これも光の速さのお陰なのです。速さにも驚きですが、秒速約30万kmという光の速さは、秒速299792.458kmという精度で測定されています。“光”の歴史の中で光速の測定は様々な研究者が試みてきました。


              初めに光速の測定を試みたのはガリレオ=ガリレイです。
              1638年に遠く離れた2地点の間を光が往復する時間を測定することで光速を求めようとしました。遠く離れた2地点、AとBでカバーをしたランプを持った人が立ちます。A地点の人がランプのカバーを外し、その光が見えたらB地点の人がカバーを外します。A地点では、A地点でカバーを外してからB地点のランプの光が見えるまでの時間を測りす。このようにして光速の測定を試みたガリレオですが、光があまりにも速かったため失敗してしまいました。


              初めて光速が測定されたのは1676年です。
              デンマークの天文学者、オーレ=レーマーは木星の衛星の食を利用して世界で初めて光速を測定しました。木星の衛星は周期的に回っており、木星の裏側に隠れるときと、木星の手前側に見える時とがあります。これらの場合では、地球からの距離が違うので、それを利用して光速を求めました。レーマーが測定した値は秒速214300kmです。今の値とはズレがありますが、世界で初めて科学的に意味のある値が得られました。


              その後の取り組みは
              ジェームズ=ブラッドリーによる年周光行差の測定(1725年)
              アルマン=フィゾーによる回転歯車の実験(1849年)
              そして、レオン=フーコー(1862年)
              アルバート=マイケルソンとエドワード=モーリー (1926年)による回転鏡の実験

              というように多くの科学者によって挑まれました。


              現在の光速の値はケン=エベレソンが測定した値です。
              1972年、エベレンソンは安定化したレーザーの振動数と波長を精密に測定することで、現在は定数として用いられている光速の値 (秒速299792.458 km)を得ました。ちなみに現在の1mという長さの定義は、光が1/299,792,458秒間に進む距離と定義されています。光速は、現在の長さの基準の定義にも影響を与えているのですね。

              by Ogura

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              その時”光”の歴史が動いた Vol.02 続き
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                1915年にアインシュタインが一般相対性理論を発見したことを始め、光の科学史において様々な発見・発明の記念年ということから、2015年を光と光技術の国際年「国際光年」とすることが国際連合総会で宣言されました。そこで特集として、光が科学においてどう考えられてきたかをその主要な発見・発明とともに振り返ります。

                前回はニュートンによる分光学のお話でした。今回はそんな分光学のその後のお話です。


                その後、光を分けて調べる分光学は大きく発展し、天文学の進展に大きな役割を与えました。
                1802年、イギリスの物理学者ウォラストン(1766−1828)は太陽光を分けて作りだした虹(スペクトル)の中に何本もの暗線があることを発見します。1813年にはドイツの物理学者フラウンホーファー(1787−1826)も同様の発見をし、これが太陽光が太陽大気によって吸収されてできたものであることを明らかにしました。

                こうして手に取ることができない星も、その光を詳しく調べることで組成や運動などを詳細に調べることができるようになっていったのです(運動は光のドップラー効果を用いて調べますが、それはまた別のお話)。


                フラウンホーファー線(Wikipedia)

                やや時代が遡った1800年には、天王星の発見で有名なハーシェルが、赤外線を発見します。
                それぞれの色の光はどのくらいの熱を持っているのかを調べるため、ハーシェルはプリズムで分けた太陽光の各色の光に黒く塗った温度計をそれぞれ置きました。すると彼は、赤い方に行くにつれて温度上昇が大きいことに気づいたのです。そこで赤色の光の外側に温度計を置いてみたところ、その温度計が最高温度を示したのです。これが目に見えない光を初めて発見した瞬間でした。

                ハーシェルの発見に触発されて翌1801年にはドイツの物理学者リッタ(1776−1810)が紫外線を発見しています。1864年にはイギリスの物理学者マクスウェル(1831−1879)が電波の存在を予言、1888年にドイツの物理学者ヘルツ(1857−1894)によって存在が確かめられました。1895年にはドイツの物理学者レントゲン(1845−1923)がX線を、1900年にはフランスの物理学者ヴィラール(1860−1934)がガンマ線を発見しています。現在ではこれら目に見えないすべての光(電磁波)を用いて多角的に天体の観測が行われています。そんな話も、今後のコラムで紹介されるでしょう。ご期待ください。

                参考文献
                ・キャノンサイエンスラボ・キッズ「光の科学者たち」
                 http://web.canon.jp/technology/kids/history/index.html
                ・見えない宇宙を観る −天体の素顔に迫るサイエンス−
                 Lars Lindberg Christensen、Robert Fosbury、Robert Hurt 著 岡村定矩 訳

                by Tsukada

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                その時”光”の歴史が動いた Vol.02
                0
                  1915年にアインシュタインが一般相対性理論を発見したことを始め、光の科学史において様々な発見・発明の記念年ということから、2015年を光と光技術の国際年「国際光年」とすることが国際連合総会で宣言されました。そこで特集として、光が科学においてどう考えられてきたかをその主要な発見・発明とともに振り返ります。

                  前回は、古代ギリシャの哲学者アリストテレスが、
                  「色は色は太陽なしでは見ることはできない、
                   色の違いは白(光)と黒(闇)との混合によって生じる」

                  と考えていた、と紹介しました。この説明は、あながち間違っているわけではありません。私たちは、目に光が入ることで視細胞が光を受け取り、その信号が脳に伝わり物が見えたと認識します。それは太陽の光でも蛍光灯の光でも構わないわけですが、それらの光がモノに当たって反射し、その反射光を私たちは見ているわけです。

                  そして、いわゆる白色光には虹の七色…つまり、

                  各色の光が混ざっています。そのうちのどの色の光を吸収しどの色の光を反射するかで、そのモノが何色に見えるかが決まるわけです(恒星など自ら光を発するものは異なります)。熟したトマトが赤いのは、トマトが青や緑の光を吸収し、赤い光だけを反射しているからです。




                  太陽光などの白色光は虹の七色が混ざったものだ、ということはアリストテレスも言及していますが、これを実験的に確かめたのはイギリスの科学者ニュートン(1643−1727)です。彼は1664年から1665年にかけて、性能のよい凸レンズを作るため、プリズムに光を当てる実験を行いました。

                  ペストの大流行によって大学が閉鎖されてしまったため彼は実家に戻って実験をしたそうですが、彼は窓の扉に小さな穴をあけて真っ暗な部屋に太陽光を取り入れプリズムに当てました。すると白色だった太陽光が七色に分かれたわけです。

                  分光学誕生の瞬間です。
                  ニュートンはさらに、七色に分かれた光をレンズで集め再びプリズムに通し、白色光に戻ることを確かめました。こうしてニュートンは、太陽の白色光はすべての色の光が混ざったもので、色によって屈折する確度が異なることを明らかにしたのです。


                  プリズム

                  続く

                  参考文献
                  ・キャノンサイエンスラボ・キッズ「光の科学者たち」
                   http://web.canon.jp/technology/kids/history/index.html
                  ・見えない宇宙を観る −天体の素顔に迫るサイエンス−
                   Lars Lindberg Christensen、Robert Fosbury、Robert Hurt 著 岡村定矩 訳

                  by Tsukada

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                  その時”光”の歴史が動いた Vol.01続き
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                    1915年にアインシュタインが一般相対性理論を発見したことを始め、光の科学史において様々な発見・発明の記念年ということから、2015年を光と光技術の国際年「国際光年」とすることが国際連合総会で宣言されました。そこで特集として、光が科学においてどう考えられてきたかをその主要な発見・発明とともに振り返ります。

                    前回は、
                    古代ギリシャの頃に光の性質や色に言及した代表的な学者アリストテレスのお話でした。

                    この当時から、古代の人々は光の性質をなんとなくは知っていたようです。そのなんとなくを人類で初めて、一つの法則として提唱し、本格的な書物にまとめたのが「幾何学の父」とも称されるユークリッド(B.C.330-B.C.275:ただし実際にはほとんどわかっていない)です。


                    (ユークリッド:Wikipedia)

                    そんな彼がまとめた光の性質のひとつが「光の直進性」です。もちろん直感的にわかりそうなことですが、現在では小学校3年生で学習することで、その後の光の学習においては必要不可欠なものですね。
                    そしてもうひとつが「光の反射性」です。
                    みなさんご存知
                    「入射角=反射角」
                    であるというこの法則ですが、彼の著書「カトプリカ(反射視学)」にはその様子を描いた図なども描かれているようです。ちなみにこの著書には凹面鏡で太陽の光を一箇所に集めてものを燃やす様子や、その光の道筋なども描かれており、凹面鏡によって反射した光が1点に集まることも発見していたようです。


                    彼はこれらのことを手をのばしてものに触れた時の感じをヒントにして考えたと言われています。まだその頃には「光」と「眼でものを見ること」の違いがよくわかっていなかったようですね。

                    このように光に関する科学史は紀元前の段階で、「直進性」や「反射性」のような性質が発見されていたと同時に、「エーテル」という考え方にその後1000年以上振り回された歴史でもあるようです。



                    参考文献
                    ・「光の歴史」遠藤真二 著 東京図書
                    ・「身の回りの光と色」加藤俊二 著 裳華房
                    *参考文献に誤りがあったので訂正しました(4/24)


                    by Kobayashi


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                    その時”光”の歴史が動いた Vol.01
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                      1915年にアインシュタインが一般相対性理論を発見したことを始め、光の科学史において様々な発見・発明の記念年ということから、2015年を光と光技術の国際年「国際光年」とすることが国際連合総会で宣言されました。そこで特集として、光が科学においてどう考えられてきたかをその主要な発見・発明とともに振り返ります。


                      「神は『光あれ』と言われた。すると光があった。」
                      という聖書の冒頭や、日本における「天の岩戸」伝説でみられるように、光は古来から書物や伝説に登場し、光とは一体何なのかと、人々の関心事であったことは間違いないでしょう。


                      古代ギリシャの頃にはすでに多くの自然科学者が関心を持っていたと考えられる「光」に関して、その時代に光の性質や色に言及した代表的な学者がアリストテレス(B.C.384-B.C.322)です。

                      アリストテレスはこの世のものは火、水、空気、土の四元素説からできているとしました。そして、四元素の周囲には「エーテル」が存在し、第五元素としてエーテルの存在によって太陽の熱や星の光が伝えられると考えたのです。ちなみに1690年のホイヘンスによる光が波動として伝えわるという説においても、その媒質をエーテルとするという考え方が用いられ、その後アインシュタインの特殊相対性理論が確立するまで長く多くの人に認知されていました。


                      アリストテレス:Wikipedia


                      さらにこのアリストテレスは色はなぜ生じるかという問いに対して、色は太陽なしでは見ることはできない、色の違いは白(光)と黒(闇)との混合によって生じると考えたそうです。そして、虹は大気中の水滴が鏡となって太陽を反射した現象だと説明しています。今となっては奇妙な説明ですが、何もない当時に色を分けたり、反射という現象を考えているだけでも凄いことだと思います。このような考えはアリストテレスが書いた「自然学」や「天体論」、「気象論」という自然哲学書に記載されています。

                      参考文献
                      ・「光の歴史」遠藤真二 著 東京図書
                      ・「身の回りの光と色」加藤俊二 著 裳華房
                      *参考文献に誤りがあったので訂正しました(4/24)


                      by Kobayashi


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